『あことバンビ』感想
2022-01-23
# 漫画

『あことバンビ』というウェブ漫画が本当に良かったので、その感想を書きます。

https://www.pixiv.net/user/12957186/series/82999

どんな漫画か

主人公の小鹿悠は、みんなと一緒に同じことをするのがなんとなく嫌になったという理由で高校を中退し、趣味として続けていた小説を書く仕事に就く。一人暮らしをするために家賃が安い幽霊物件に入居したところ、女子高生の幽霊が部屋に現れて......。という導入。

ジャンルとしては群像劇・恋愛・日常系あたりで、シンプルで分かりやすい話をやっており、とても読みやすい。主人公の部屋から始まり、ヒロイン(幽霊)と出会い、そこを始点として物語が広がっていく。新たな関係性が生まれることで、少しずつゆっくりと世界が広がっていく感じが良い。

作品の雰囲気としては、冬の夜明け前のような、どこか薄暗い雰囲気が垣間見える、寂しげな感じが通底している。pixivのコメント欄にあった、雨の日に読みたい漫画、というのが妙にしっくりきた。そんな雰囲気のなか、ストレートな異種間ボーイミーツガール(両片思い)(同居)(最高)をやっている。

この漫画はすべてが4コマ形式で描かれている。別に4コマで起承転結になっているわけではなく、普通に4コマ目から1コマ目に地続きになってたりするのですが、やはり読みやすさはある。そして言及したいのが、漫画的表現の上手さ。それを特に感じたのが「間」と「表情」の描き方。些細な表情の違いで、微細な感情の揺れ動きを描いている。シンプルな絵柄ながら、一コマ一コマから様々な情報が伝わってくるのだ。

そしてこの漫画の核である、恋愛描写について。両片思いかつ同居していて、すこしずつ関係性は進展していって、でも互いが互いを慮るゆえに一旦立ち止まったりして、一歩進んで二歩下がったり、そして三歩進んだり。少しずつ大切な存在になっていく過程、そのグラデーション。もう混じりっけなしでピュアな感じの恋愛描写なんですが、結局これが一番なんだよな~と思った。

一旦リンク

以下、ネタばれありありの感想になるので、一旦リンクをはさみます。無料で全話読めるので、気になった方はぜひ。


ネタバレあり感想

# アコとバンビの初邂逅

アコちゃん側がすげーしどろもどろなのが印象的なシーン。まだお互い手探りなかんじというか、互いの第一印象は悪い寄り。やっぱり出会いはマイナススタートが一番ですよね。

明るく見せてるけど仕草や会話の端に内気な内面が時折見え隠れする 君はどちらかというと、こうして他人と話すのは実は苦手なんじゃないか? 霊にしては明るいが人としては少し暗い

このモノローグの時点で主人公もヒロインも好きになってしまった感ある。アコちゃんがバンビのこと聞きたいという展開で、いろいろ聞こうとするんだけど全然質問が思い浮かばなくて「他人にあんまり興味ない子だな...」という独白がはいったところでもオッと思った。こう、変に取り繕わない感じ。

序盤はまだ変な同居人ができたな~くらいの感じなのがいい。ここからのね、少しずつ大切な存在になっていくまでの過程、グラデーションがね……これが最高のやつなのだから。

# 間接的な描写で関係性の進展を描くこと

彼女と楽しそうに話す夢を見て、起きたとき少し笑ってしまったり、こたつで眠る彼を見ていたら、いつしか時間が経ってしまっていたり。そういう、間接的な描写で、関係性の進展を描くのがきれいだった。

二人とも脱衣所の鍵をかけてないのが判明するシーンとかも正にという感じで、相手への気の緩みっぷりが最高だし、根本のところで雑というか似た者同士なのもよい。

あとは山城さんと宿輪くんが手を繋いで歩いていたということを、直接描写せずに、会話の中でさらっと開示するのもよかった。「亜子と宿輪くんが手を繋いで歩いてた」という文字列を見るだけで勝手に脳内再生して最高になれるので。そういう描写ってやりすぎてもあれなところがあるので、やっぱりこう行間で語る、みたいなのも好きだなと。

# 「おかえり」と「ただいま」

「おかえり」「ただいま」の描写が定期的に入っていることにふと気づく。このなんでもない描写に1ページを使うこと。何度も何度も描いている。この積み重ねが、この積み重ねこそがこの漫画の核なのかもしれない。

50話「かのこちゃん」より
50話「かのこちゃん」より

50話のこのシーンもかなり印象的で、この場所が自分の家だと言えるようになったことに、なんというかジーンと感動してしまった。

# 人間と幽霊

序盤の、ある程度仲良くなってきたものの、やはり相手への気遣いが最優先になっている感じが好きで、まるで一歩間違えると相手が消え去ってしまうかのような、慎重なやりとりが愛おしい。

すべてが恐る恐るだ まるで氷細工に触れようとしているようだ 仕方ない だって壊したくない

7話「体温」より
7話「体温」より

近づくことで、相手を凍えさせてしまう。くっついてるのに、自分と相手の違いを認識してしまい寂しくなる。切ない反転現象。

人間と幽霊の話でいうと、70話のバンビのお母さんがやってくる回で「あなたが人ではないから、悠は一緒にいられるのかもね」みたいなセリフがあった。幽霊だから相手になにもできないと悩んでいたアコちゃんに対して、幽霊だから人と生活するのが苦手なバンビが一緒にいられた、という言葉は、救いになったのかもしれない。

「あなたと悠を足してやっと一人分と少しってかんじがする」

この言葉もよくて、これはこの人にしか言えない言葉で、優しい言葉で、幽霊である自分を受け入れてくれる、アコちゃんが一番欲しい言葉だったのかもしれないと思った。

# 居場所ができるということ

居場所ができるということは、序盤から作中の大きいテーマの1つになっている。最初から最後まで、アコちゃんの悩みは「ここにいていいのか」「バンビのそばにいていいのか」と一貫していた。自分は相手になにも与えることができない。相手を凍えさせるのみ。

バンビは「来てもいいよ」「気にしなくてもいいよ」と言ってくれるが、「どこまで本当なんだろう、どこまで甘えていいんだろう」と悩んでしまう。

そんな時に、バンビはアコちゃんの誕生日におそろいのスリッパを渡す。この家でしか使えないものを選んでくれたということ。当たり前のように、ここにいてもいいと、誰かにみとめてもらうこと。直接言葉で伝えるのではなく、贈り物をすることで間接的に、言外に伝える。このエピソード(30話)が本当に好きで、何が好きって、アコちゃんのモノローグが、言葉が本当に綺麗で、切実で、暖かくて、本当に良いのだ。もう幸せになってくれとしか言えないよ。

62話「2人」より
62話「2人」より

62話のラストもとても良い。個人的、作中屈指の名シーン。アコちゃんも「人」として数えているのが良いし、おじいちゃんになってもずっと一緒にいるつもりなのも良い。バンビの将来には、アコちゃんがずっと隣に居るのだ。

# 二人が元に戻るのが正解なのか

元々アコちゃんずは一人の存在だったのだから、たしかに元に戻るのが道理な気がする。バンビがアコちゃんを引き留めているから、アコちゃんは山城さんに戻ることができないのかもしれない。たしかにありそうな話だ。正解が無い問いというか、これにバンビが葛藤するのもよくわかる。

実際に山城さんの一部が欠落しているわけだから、山城さんの人生に影響があるわけで。山城さん視点では、自分の嫌いな部分を追い出したと思っていたのに、そちらのほうがみんなに愛されている状況なんだよな。考えれば考えるほど元に戻るのが正しい気がするのがつらい。

好きだから一緒にいたい。でも、それをするといろんなひとが困ってしまうかもしれない。一線を越えてしまったら、もう後戻りはすることができない。だから、曖昧な、名前のない関係のまま、限りあるかもしれない時間を、一緒にすごすしかない。

結局のところ、なんだかんだ良い感じにまとまり、山城さんとアコちゃんは分離したままで生活していくわけですが。でもその時のバンビは、何が正解か分からなくても、二人でこのまま過ごそうとすることは間違いではあるのだろうと自認しながらも、それでもその道を選ぼうとしたんですよね。

44話「銀河鉄道」より
44話「銀河鉄道」より

幽霊だから写真に映らないので、思い出も残せない。幽霊だからずっとその姿のままで、将来も無い。それでも。

思い出も将来もない場所でずっと二人で居られたら幸せだろうか それはどんなに幸せなことだろうか

44話「銀河鉄道」、静かな話で、そして本当に好きな回です。

# 名前のない関係性

お互い好きあっているのは明らかなのに、直接言葉にはしていなくて、その関係性に名前をつけることができなくて、曖昧な関係性のまま日々は経っていき、それでも一緒にいる限り、相手のことを好きになってゆく。

一緒の家に住んで、一緒にご飯を食べて、一緒の布団で寝て、でも付き合ってない、いつ急に終わってしまうかも分からない、名前のない関係性。一番好きなやつかもしれない。

バンビがアコちゃんの名前を呼ばない理由は、おそらく越えてはいけない一線というか、そこを越えてしまったらもう後戻りできない、そういう一線なのだろう。関係性というのは不可逆で、一度変容したらもとにもどらない。

# 81話「夢物語」

なんだか夢物語のようで、それでも今の私には充分すぎて

81話「夢物語」より
81話「夢物語」より

バンビと過ごす将来の話を夢物語のようだと、まるでそれが現実にならないかのように言う。81話、ラスト8コマの一連の言葉があまりにも一途で、儚く、泣いてしまった。

# 名前

そして、92話。彼女の名前を呼んで、「ずっと、ずっと一緒にいてほしい」と伝える。彼氏彼女とかそういうのではなく、もうそういうのを飛び越して、ずっと一緒にいてほしい、と伝えること。だってこの二人の関係性は、そういうものだから。

こういうクライマックス的なシーンをさらっと描いてくれるのもよくて、良い意味で平たんというか、日常と地続きになっている感じが、綺麗だと思った。


# 山城さんと宿輪くんの関係性

ここ幼馴染なんですよね……。序盤はあんまり詳しく描かれないけども。なんかすごい好きなんだよな~。二人ともすごい落ち着いた感じで、静かに仲が良いというか。山城さんが宿輪くんと話しているときだけはすこし甘えが見え隠れしたり、そういう幼馴染特有の質感がある。

宿輪くんが飄々としている裏で普通に自傷してしまっているの、つらいものがあった。宿輪くん側の視点になると、アコちゃんと山城さんが1つに戻るのが正解ではあるんだけど、もうアコちゃんが一人の人間として自我をもってしまっていて、「バンビが好きだから一緒にいたい」なんて言われてしまって、そんなことを言われてしまったら、もう、どうすることもできない。

バンビ・アコちゃん側はすこしずつ仲を深めていくのに対して、山城・宿輪さんサイドのつらさが加速していく。それでも宿輪くんの中には好きという気持ちだけが残っていて。

68話「カラー」より
68話「カラー」より

このコマ、本当にいきなりだったので息が止まった。

山城さんの心の余白が埋まったということ。山城さんの変化をアコちゃんが心が色づいたと表現したのが綺麗で良かった。山城・宿輪ペアはここから好転していく関係性が最高でしたね。

# 小鹿家の仲の良さ

26話「陸」より
26話「陸」より

これはなんか好きなコマです。兄弟仲が良いの、しみじみと良い。小鹿家の3人がみんなアコちゃんに優しいというか甘いのも良かった。

# 山城さんとアコちゃん

山城・アコちゃんの初邂逅シーンが好き。自分に対しては、自分相手には感情的になって喧嘩できるのが、なんか良い。最終的には山城さんももうなんだかんだでアコちゃんを甘やかしているのも、姉妹っぽくて最高なんですね。

# 三者三様の良さ

アコ-バンビ、山城-宿輪、華-比企、それぞれが脳の別の部位に良い。

幼馴染からぎゅんっと恋仲になる山城宿輪ペアも最高だったけど、やっぱりお互いに距離感を窺いながら、すこしずつ距離をつめていくアコちゃんとバンビもいい。華比企ペアが一番ゆっくり進むので、その分進展した時の破壊力がすごかった。

twitter: @hukurouo < thank you !